2012/09/20(
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東村山デマ事件に見る「確証バイアス」
1995年9月、東村山市議会議員の朝木明代が同市内のビルから転落して翌朝死亡するという事件が発生した。これも「確証バイアス」が大きく作用した事件にほかならなかった。時期的には同じ年の3月、カルト集団「オウム真理教」の地下鉄サリン事件が発生し、弁護士一家殺害事件の真相が明るみになりつつあるころだった。オウム真理教が教団にとって都合の悪い存在であった弁護士を殺害したと見られる事件だったから、転落死した朝木明代が過去にたまたま創価学会を批判していた経緯があったという事実は、同人の死を「他殺」と宣伝するにはまたとない時のめぐり合わせだったといえよう。
実際は、朝木は市内の洋品店で万引き事件を引き起こし、警察沙汰になっていたばかりか、供述内容が変遷し、虚偽の供述を行っていたことが明らかだったので、検察に送致されていた。そうして検察庁に呼び出しを受けている最中だったとの「客観的事実」が存在した。
一方で、冒頭のようなオウム真理教による犯罪が世の中を騒然とさせた時期であったばかりか、93年8月には自民党政権が崩壊。創価学会の支援する公明党は一時期初めて「与党入り」するという現象が生じ、自民・社会・さきがけの自民中心政権に戻っていた経緯もあり、政界・マスコミ界では創価学会叩きは一つのブームとなっていた。
さらにこの事件では、自身への責任追及が起きるのを恐れるあまりか、朝木明代の死が「他殺」でないと都合の悪い同僚議員の存在があった。実はこの人物が主犯格となり、「デマ扇動」を行ったことは検証してみれば明らかである。その人物の「デマ扇動」にとって、朝木明代が何者かに殺害され、その犯人は創価学会関係者にちがいないとの世の「先入観」は大いに利用価値があった。
朝木明代が万引き事件で事情聴取を受けていたとの「客観的事実」をはじめ、同年4月の統一地方選挙で同僚議員の矢野穂積は落選したにもかかわらず、朝木明代の娘である朝木直子の当選議席を返上する形で矢野が繰り上げ当選した「客観的事実」、朝木明代の死に他殺となる具体的証拠は転落現場には何も残されていなかった「客観的事実」など、多くの「客観的事実」が無視された。
一方で、創価学会が殺したことになれば雑誌が売れるといった週刊誌メディア側の「主観的願望」や、同教団が間違った存在であってほしいと願う脱会者ジャーナリストの「主観的願望」は大いに優先される形となった。
「他殺ではない」(=自殺の可能性が高い)ことを示す「客観的事実」はいくらでも存在したにもかかわらず、メディアや一部ジャーナリスト側の「主観的願望」が優先され、事実関係は大いに歪められて世の中に伝わることになった。
個々の事実をどのように評価し、全体像をどのように構築するかといった能力は、ジャーナリストにとっては重要な資質といえる。
学生時代に創価学会を脱会し、反教団活動を続けていたジャーナリストの乙骨某にとって、朝木明代が取材の際に喫茶店代を割り勘にするといった行動を見て、そんな清廉潔白な人物が万引きなどするはずがないなどと勝手に思い込み、万引き事件も教団による謀略にちがいないと考えたのは、「主観的願望」の典型と言ってよい。朝木明代が万引きを行ったとされる洋品店は「創価学会員にちがいない」と妄想を膨らませたが、実際は自民党支持者にすぎないという「客観的事実」によって見事に打ち砕かれた。それでも彼らは「他殺説」に固執し続け、現在に至る。
この事件を書き出すといつもダラダラとなってしまうが、東村山デマ事件は、「確証バイアス」が最大限に利用された事案の典型である。
実際は、朝木は市内の洋品店で万引き事件を引き起こし、警察沙汰になっていたばかりか、供述内容が変遷し、虚偽の供述を行っていたことが明らかだったので、検察に送致されていた。そうして検察庁に呼び出しを受けている最中だったとの「客観的事実」が存在した。
一方で、冒頭のようなオウム真理教による犯罪が世の中を騒然とさせた時期であったばかりか、93年8月には自民党政権が崩壊。創価学会の支援する公明党は一時期初めて「与党入り」するという現象が生じ、自民・社会・さきがけの自民中心政権に戻っていた経緯もあり、政界・マスコミ界では創価学会叩きは一つのブームとなっていた。
さらにこの事件では、自身への責任追及が起きるのを恐れるあまりか、朝木明代の死が「他殺」でないと都合の悪い同僚議員の存在があった。実はこの人物が主犯格となり、「デマ扇動」を行ったことは検証してみれば明らかである。その人物の「デマ扇動」にとって、朝木明代が何者かに殺害され、その犯人は創価学会関係者にちがいないとの世の「先入観」は大いに利用価値があった。
朝木明代が万引き事件で事情聴取を受けていたとの「客観的事実」をはじめ、同年4月の統一地方選挙で同僚議員の矢野穂積は落選したにもかかわらず、朝木明代の娘である朝木直子の当選議席を返上する形で矢野が繰り上げ当選した「客観的事実」、朝木明代の死に他殺となる具体的証拠は転落現場には何も残されていなかった「客観的事実」など、多くの「客観的事実」が無視された。
一方で、創価学会が殺したことになれば雑誌が売れるといった週刊誌メディア側の「主観的願望」や、同教団が間違った存在であってほしいと願う脱会者ジャーナリストの「主観的願望」は大いに優先される形となった。
「他殺ではない」(=自殺の可能性が高い)ことを示す「客観的事実」はいくらでも存在したにもかかわらず、メディアや一部ジャーナリスト側の「主観的願望」が優先され、事実関係は大いに歪められて世の中に伝わることになった。
個々の事実をどのように評価し、全体像をどのように構築するかといった能力は、ジャーナリストにとっては重要な資質といえる。
学生時代に創価学会を脱会し、反教団活動を続けていたジャーナリストの乙骨某にとって、朝木明代が取材の際に喫茶店代を割り勘にするといった行動を見て、そんな清廉潔白な人物が万引きなどするはずがないなどと勝手に思い込み、万引き事件も教団による謀略にちがいないと考えたのは、「主観的願望」の典型と言ってよい。朝木明代が万引きを行ったとされる洋品店は「創価学会員にちがいない」と妄想を膨らませたが、実際は自民党支持者にすぎないという「客観的事実」によって見事に打ち砕かれた。それでも彼らは「他殺説」に固執し続け、現在に至る。
この事件を書き出すといつもダラダラとなってしまうが、東村山デマ事件は、「確証バイアス」が最大限に利用された事案の典型である。