日記

2010/12/04(Sat)
堕ちた元委員長  89  20年間におよぶ「虚偽」の主張
 公明党の歴代委員長のなかで唯一、金銭スキャンダルが原因で委員長職を辞した元政治家・矢野絢也の最新の著作に次のような記述があった。そのまま引用してみよう。
 「そのうえ私個人に関しても、明電工事件の疑惑をかけられましてね。党が関係者に面談して書類を点検し、調査報告書を作って、疑惑をはらしてくれましたけどね」
 要するに、明電工疑惑について、多くの人々がすでに忘れてしまったことを見越してか、「潔白であった」といまさらながらに主張しているわけである。
 この事件は矢野の関わる2度にわたる仕手株売買が問題となったものだが、その1回は、矢野の自宅で矢野本人が国会会期中に自宅に舞い戻り、明電工幹部に1000万円の札束20個を手渡したものであり、明電工側は「矢野さん本人の株取引だった」と主張。一方の矢野は、「元秘書Nの融資を自宅で仲介したにすぎない」などと苦し紛れの主張を繰り返した。
 矢野の主張が真実であれば、(1)2億円の融資にN本人が同席しない不自然さ、(2)元秘書の融資のために公党の委員長が国会中の多忙な時期にわざわざ行った不自然さ、さらに決定的なことは(3)融資といいながら、最後まで期限や金利すら明示せず、さらには「貸借契約書」を示すことすらできなかったことだ。
 矢野が自分の主張を立証するには、契約書を示すことができればそれで済んだはずだったが、2億円もの大金の融資といいながら、「契約書は交わしていない」とこれまた苦し紛れの主張の繰り返しだった。当時、あるジャーナリストは次のように指摘した。
 「明電工疑惑をめぐる矢野問題は、仕手株取引そのもの以上に、真実に対する態度はどうあるべきかという政治家の資質の根本にかかわる問題を投げかけた、といえる」
 上記の経緯からわかるとおり、矢野絢也は自分の立場を守るためなら、空気のように嘘をつける人間の一人にほかならない。しかもその体質は、上記著作の記述に見られるように、疑惑発覚から20年すぎたいまも、まったく変わっていないのだ。